新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、2020年以降さまざまな業界でコミュニケーションのオンライン化が進みました。Web会議やテレワークの普及といった働き方の変化だけでなく、顧客とのコミュニケーションチャネルも大きく変化し、企業の営業・マーケティング活動にも影響を与えました。
この変化は製薬業界においても例外ではありません。医師とのコミュニケーションチャネルがオンラインへとシフトする中で、オムニチャネルでデータを取得し活用するデジタルマーケティングの重要性が高まっています。
本記事ではこうした製薬業界のデジタルマーケティングの取り組み事例として、2022年5月に開催された、製薬業界を対象とした共催セミナー「Pharma DX Conference 2022」より、基調講演「小野薬品工業でのデータ活用に基づくデジタルマーケティング」の内容をレポートしてお伝えします。
小野薬品工業株式会社 デジタル戦略企画部 部長 磯村 哲
三菱化学、ゾイジーン、モレキュエンスにて研究と新規事業立ち上げを担当。地球快適化インスティテュート チーフアナリスト、三菱ケミカルホールディングス チーフコンサルタント/データサイエンティストを経て2021年に小野薬品工業に入社。データサイエンスとビジネスモデルを軸としたデジタルビジネス変革に従事。
新型コロナウイルスの感染が拡大したこの数年で、MRの活動においては大きく3つの変化がありました。
1番の大きな変化はMRが医師に会える数が減少したことです。新型コロナウイルスによる訪問規制などにより、MRと医師の対面での面談数は大きく減少しました。さらにWebサイトやオンラインセミナーをはじめとしたオンラインでの情報発信・収集が一般化したことや、医師の働き方の変化により、医師との接点もオンラインの比率が高まっています。
また、従来通りプロモーションコードの遵守が求められるとともに、昨今は医療の高度化により、MRには専門的な知識が求められるようになってきています。
このように外部環境が変化したことで「MRには『活動の質』と『連続性』という2つの課題が生じた」と磯村氏は話します。
こうしたMR活動の課題を解決するため、小野薬品工業では以下の4つを「営業活動の高度化に必要な成功要因」として定め、それぞれの実現を進めました。
まず磯村氏は小野薬品工業でのオムニチャネル戦略の全体像を紹介しました。
小野薬品工業ではMRを中心にしたオムニチャネル戦略が取られ、プッシュとプルのそれぞれのチャネルの拡充が進められました。特にオウンドメディアの改善は大きな成果を挙げています。サイトのリニューアルやWebレコメンドなどのテコ入れによって、コンテンツの閲覧数は増加し、外部からの評価も向上しました。「やるべきことに正面から向き合った結果」と磯村氏は話します。
こうしたオムニチャネル戦略は「AMTUL」と呼ばれる消費者行動モデルに基づいて設計されており、これにより「適切な相手・タイミング・チャネル・メッセージ」でのアプローチが可能となりました。
このオムニチャネル戦略はMRを中心としたことでオンライン・オフライン両面でのハイブリッドプロモーションを実現できています。従来の強みであった対面のコミュニケーションの質をさらに向上させつつも、弱みとなる面談前後のコミュニケーションを補完して活動の質向上と連続性の担保を実現しました。
「オムニチャネル化はチャネルがたくさんあれば良いというわけではなく、それぞれのチャネルがつながっていることが重要だ。小野薬品工業ではMRがチャネル間のハブとなることでこの連続性を担保できている」と磯村氏は話します。
次に磯村氏は小野薬品工業で進めた3つのレコメンド機能の方針を紹介しました。
1つ目のメッセージレコメンドは前日にWebセミナーを視聴した医師や症例のフォローなどの通知機能です。2つ目のシナリオレコメンドは、セグメント分類や活動ステージをもとに、個々の医師にあった次のアクションをレコメンドする機能です。最後の3つ目は機械学習を用いた、より高度なレコメンド機能で、現在開発・運用を進めている機能です。
このレコメンド機能の開発においても、MRを中心としたオムニチャネル戦略をとったメリットがあると磯村氏は話します。
「弊社の特徴的な点は、MRを中心にしているので一緒に育てながら構築ができることです。こうした機能は最初から完璧な精度で提供することが非常に難しい領域ですが、MRの利用状況や成果を確認しながら営業部門全体で育てながら進められるのは非常に理想的な体制が組めていると考えています」(磯村氏)
続いてMR向けの学習支援ツールが紹介されました。医療の高度化に伴って必要な薬品の知識量が増えつつあるなか、MRのインプットは大きな課題です。そこで小野薬品工業では「必要なときに学べる環境」を実現するために3つの学習支援ツールを提供しています。
こうした各施策の全体像として磯村氏は小野薬品工業での営業活動の全体像を紹介しました。
小野薬品工業ではデータプラットフォーム「MIRAI-DB」を中心にPDCAサイクルに基づいたデータ活用を実現することで、MRの営業活動の高度化を目指しています。
具体的にはまず行動履歴に基づいた活動レコメンドに始まり(Plan)、MRの活動時にはオムニチャネルを活用した営業活動支援を行います(Do)。その後、得られたデータをもとに分析や傾向把握・評価をし(Check)、さらに顧客エンゲージメントを改善するためのセグメント開発やスコアリングが行われます(Action)。そしてこのPDCAの主体となるMRのスキル底上げとして3つの学習支援機能が提供されています。
「これまで紹介したように、データベースを活用したデジタルマーケティングでありつつも、本質的には人(MR)を中心とした設計になっている」と磯村氏は話します。
小野薬品工業では、オムニチャネル化やレコメンド機能など、デジタルマーケティングのあらゆる面で人を中心としたモデル設計をとったことにより、実務レベルでのデータベースの活用や機械学習機能の開発が実現されています。
今後も企業活動のあらゆる面でAIをはじめとしたデジタル化が進むと予測されますが、それらをどう使うかが今後の鍵となるでしょう。